桃源郷
道の両側には、そのまま獲って食べたいような桃。
サイクリングをしていると、両側に沢山の桃がなっている。この辺りは、果物の産地で、今ちょうど桃の収穫の季節らしい。北京に着いた日、ピングウまで来るタクシーの窓から、農家の人々が、道路脇で桃を売っているのを見た。車を停めて、桃を買っている人も多い。少し上の方へ行くと、そこはリンゴ畑だった。リンゴの実一個一個に、茶色い紙袋がかぶせてある。考えただけでも、ものすごく手間のかかる作業だと思った。
二日目の夕方、ロビーでエレンさんに会うと、白いポリ袋を提げていた。
「あなたたちと食べようと思って、桃を買って来たんです。」
夕食後、ゾーイとワタルの部屋で「ティーセレモニー」の予行演習をした後で、その桃を食べた。日本の柔らかい桃とは違い、結構歯ごたえのあるものだった。
「子供の頃、両親に連れられて、この辺りに桃を獲りに来たのを覚えてる。」
とゾーイが言った。ここは、文字通り「桃源郷」なのかも。
太陽が山に隠れ、暗くなりかかってきたので、ホテルに戻る。ホテルの入り口のところで、ひと眠りした後、散歩をしていたゾーイとワタルに会う。スミレの乗っていた自転車を借りて、ワタルはゾーイと二人乗りでホテルへ戻って行った。
今日がピングウでの最後の夜である。シャワーを浴びて階下に行くと、ハンさん夫妻と、ワタル、ゾーイが卓球をしていた。
「韓先生、午後、ちょっと眠ったんですか?」
と聞くと、全然寝ていないという。ハンさんは、昼食で結構マオタイ酒を飲んでいたのに、その後また卓球をするという、驚異的な体力の持主であった。こっちも、サイクリングをしていたから、同じことかな。
土曜日の夜ということで、ホテルの玄関の前にあるバルコニーでは、音楽が演奏されていた。女性歌手が、「中国の歌謡曲」を歌っている。その後、ハン一家と「バーベキュー・レストラン」で夕食を取った。と言うか、昼間の披露宴で、腹いっぱい食べていたので、羊の焼肉をつまみに、披露宴で残ったビールとワインを飲んだという感じ。
正直、ハンさん一家のご両親や、ご親戚と会いながら、言葉の関係で、十分に話ができなかったのがちょっと心残りだった。マユミと僕でテーブルをひとつずつ回り、英語で
「こんにちは皆さん。お会い出来て光栄です。」
と言って、ひとりずつと乾杯のグラスを交わした。ゲストの中で英語を話せたのは、銀行にお勤めという、ゾーイの従兄弟ひとりだけだった。
夕食の席で、ミドリが、
「早く『ジュリア叔母さん』と呼ばれてみたい。」
と、実に単刀直入にゾーイに言った。僕も、早く孫が欲しいなと思いながらも、言えなかったことを、ミドリが言ってしまった、と言うか、言ってくれた。ハンさん夫婦と僕たちは何度も乾杯しながら、最後の夜を過ごした。今日は、本当に長い一日だった。
中国の歌謡曲。歌詞を無視すれば、日本と同じように感じた。