人懐こい英国人、その一
時々トビウオが見えるという下部甲板。
十一月十一日、日曜日は英国では「戦没者追悼の日」、午前十一時(つまり「十一」が三つ重なるとき)船内の放送の後、二分間の黙祷があった。妻と僕はちょうど一回目の「社交ダンスクラス」の始まる前で「ハバナクラブ」にいたが、そこで黙祷する。数日前から、紙で出来た「赤いポピー」(ケシ)を胸に付けている人が多かった。この「赤いポピー」が第一次、第二次世界大戦で戦死した兵士達への追悼の意を表すものだという。
午前中雲が広がり、波も高く、下部甲板は波の飛沫で濡れている。船も結構揺れている。正午から上部甲板で、バーベキューが予定されていたが、悪天候が予想されたため、中止になった。しかし、皮肉なもので、正午前からまたカラリと晴れ上がり、上部甲板は日光浴の人々でまた満員になった。
午後二時から、この日二度目で、クルーズ最後の「社交ダンスクラス」があった。キャロルとブライアンという夫婦のインストラクターには、九日間お世話になったことになる。仕事とはいえ、「ズブの素人」に短期間でダンスを教えるのは大変だと思う。最初三十組を超え、一度に練習場所であるナイトクラブのフロアに入り切らなかった参加者も、「ドロップアウト」が増え、最後には十組以下になった。最後の日は、これまで習ったダンスの復習。一度に沢山のことを覚え、頭が混乱していたので、これは頭を整理する意味でも助かった。クラスの最後に参加者全員で拍手をして、おふたりの先生に感謝の意を表す。
ダンスクラスが終わった後、ちょっとリラックスしようとふたりで上部甲板に上がり、デッキチェアに寝転ぶ。僕は、「オーディオブック」つまり「朗読」を入れた名刺サイズのレコーダーを持っていた。これだとわざわざ本を手に持ってめくらなくても、お話が聞こえてくるので、面倒臭くなくてよい。人間、どんどん不精になっていく。
少しプールで泳いで、その後プールの横にあるジャグジーに入る。サウナやジャグジーに一緒に入っている人同志って結構親しく話ができるもの。
ジャグジーに浸かりながら、僕は考えていた。
「英国人も、結構人懐こい、話好きな面があるやん。」
もう二十年以上前になるが、僕がドイツから英国に移ってきたとき、ショックだったことがある。それは、ドイツ人が「下手なドイツ語を話す外国人」に対して、結構理解しようと努力してくれるのに対し、英国人は「下手な英語を話す外国人」に対して、時として見下したような態度を取ることだった。そんなこともあって、僕は、英国人は外国人に対して冷たい、他人に対して無関心な人々だという印象を持っていた。娘などは、
「それはきっとパパがロンドンに住んでるからよ。ロンドンみたいな大都会は特別よ。人が多すぎて、いちいち他人に関心や理解を示しておれないわ。」
と言う。確かに、スコットランドなどへ行くと、人々は人懐こく、話好きである。
「じゃあ、楽しい夜を過ごしてください。」
そう言って、一緒にジャグジーに入っていた、体重が百五十キロくらいありそうな、カバみたいなおじさんは出て行った。とたんにジャグジーの水位が半分に下がった。
プールで泳ぐのもこれが最後、明日からはカリブ海で泳げる。