船酔い
石畳が美しい、マデイラ島フンシャルの旧市街。
フンシャルは、コロニアル風の建物と、漁師町の混在する街並み。白と黒の敷石で作った、歩道の模様がなかなか凝っていて美しい。温暖な気候のため、冬でも果物はふんだんにあり、海に囲まれているため、魚も美味しいという印象がある。
フンシャルで、久々に財布から金を出して払う。船では財布、現金が必要ない。乗船者カードが、船内で使ったお金の精算にも使われるからだ。例えば、バーで飲み物を注文する。このカードをスキャンし、レシートにサインをする。そして、その分、下船時にまとめて「ドカッ」と請求が来るというわけだ。船に居る限りは現金を持ち歩かなくてもいい。便利なシステムであるが、財布の中身が減っていかないので、いくら使ったかを忘れてしまいやすい。ちょっと怖いシステムでもある。
午後五時、ヴェンチューラの船橋から町中にサイレンが鳴り響く。
「船が出るぞ〜、遊びに出ている人は帰っておいでよ〜」
という印らしい。夕食の席に就いているとき、船はフンシャルを出港した。乗り遅れた下船者もいなかったようだ。夕食のあと、またナイトクラブの社交ダンスの夕べ、今日はダンスクラスで覚えたばかりのタンゴ踊る。
「その日即席で覚えたダンスを人前で踊るんだから、考えたらメチャな話だよな。」
と妻に言う。周囲の人々はもう何十年もやっておられるベテランばかりなのに。
水曜日、マデイラを出た翌日。船は南南西からほぼ西に向かって進路を変え、いよいよ、大西洋のど真ん中に突入した。そのせいか、昨夜から、揺れがひどいような気がする。特にローリング、横揺れが激しい。朝起きて、パソコンを使い出すと、吐き気がひどくなる。十分もやっておられなくて、またベッドに横になる。それを繰り返す。少し運動をすると気分が良くなるかも知れないと思い、妻とジムへ行くが、吐き気が治まらない。
「揺れている船の上で、本を読んだりパソコンを使ったり、目を疲れさせるのはよくないわよ。」
と元看護婦の妻が言う。船の食事のカロリーが高いので、これまで一日二食にしてきた。
「それと、空腹の状態が長く続くのも船酔いによくないよ。」
何か食べたほうが良いと妻に言われて、朝食に「ポリッジ」、つまりお粥を食べる。しかし、また吐き気がして船室に戻り横になる。その日はダンスクラスをパス、午前中寝ていた。昼からダンスクラスに出て、夕食までまた眠った。何をするのもおっくうな日。
夕食の前に起き出してシャワーを浴び、やっと気分が元に戻る。今日は本もパソコンもしなかった。夕食のあと、またまた社交ダンスの時間。今日は妻が特に短い、パンツの見えそうなワンピースを着て活躍している。
「あれ、二十五歳の息子のいる母親の着るドレスかなあ。」
マデイラを出てから時計を一日に一時間ずつずらせて、時差を調節するため、しばらく一日が二十五時間になる。
これがお金の決済、ドアのロックなどあらゆることに使われる乗船者カード