おたくはどちらから
船の上部デッキにはデッキチェアが並んでいるが、使われるのはもう少し経ってから。
知らない人たちと話を始めるとき、
「奥様とは再婚ですか?」
「年収はおいくらですか?」
「そのタキシード、自前ですか、レンタルですか?」
何て最初から聞けない。一番差し障りのない話題は、
「どちらからおいでになったのですか?」
つまり、出身地の尋ねあいと相場が決まっている。
「江戸は神田の生まれよ。」
とか、
「国は『ごうしゅう』です。」
「ほう『江州』、滋賀県ですか?」
「オーストラリア。」
とか。
左側のカップルはエセックス、対面のカップルはマンチェスター、右側のカップルはバーミンガムの少し北のチェスタフィールドという町から来られたとのことだった。
また、クルーズ船に乗り合わせているのであるから、
「クルーズは初めてですの?それとももう何度も?」
というのも、自然かつ、当たり障りのない質問だ。「初体験」は僕達だけで、他のご夫婦は、これまでにもう何回もクルーズに参加しておられるそうだ。アツヨが言っていたが、クルーズというのは、一度気に入ると「病みつき」になる魅力があるらしい。本当に「リピーター」が多い。同じ場所へ二度三度とでかけている人もいる。
食事が終り、互いに、
「ハブ・ア・ナイス・イブニクング」
と言って、皆が席を立つ。食事のときに注文した赤ワインのボトルは飲み切れなかった。ウェーターに尋ねると、キープしておいてくれて、明日も出してくれるという。
食事の済んだ後、ショーがあるというので、劇場に向かう。ほぼ満員である。「遅番」の食事が始まる時間なので、観客は「早番」の夕食を済ませた人ばかりだと思う。男性歌手のショーだった。はっきり言って、イマイチ。越路吹雪の歌った「ラストダンスは私に」くらいしか、知っている曲もないし。
その後、別のナイトクラブへ行く。そこでは、マユミの好きなロック系のバンドがやっていた。この船の中には、五つくらいのナイトクラブがあり、そこでそれぞれ別のショーをやっている。
しかし、良く考えてみると、その芸人さんを船に乗せておくだけでも大変だと思う。海の上ではステージが終わっても、「サヨナラ」とすぐには家に戻れないのだから。
船の中の立派な劇場。毎晩ショーが行われる。