社会主義の痕跡
ツポレフ一五四、一九六八年に初飛行、何と、四十年以上経った今も運用されているという。
「地下鉄とバスで空港まで行こうなんて考える日本人は、モトが初めてですよ。」
とハンガリー支社の営業部長、Lさんが言った。皆、ちょっとくらい距離が長くてもタクシーを使うようだ。結局、僕もタクシーを予約してもらうことにした。
午後一時半にタクシーが迎えに来る。ハンガリーのタクシーは皆鮮やかな黄色。運転手は窓を開けたまま走り出した。涼しい風が心地よい。夏のハンガリーは暑いと聞いていたのに。
「いつもこんなに涼しいの?」
と運転手に聞く。
「今だけ、これから暑くなるみたい。」
そう言って、彼は、スマホに写った週間天気予報を僕に見せた。確かに、明日からはずっと三十度を超えることになっている。
運転手と話していると舌を噛みそうになる。道路の表面がすごくデコボコなのだ。舗装が古く、いたるところに穴が開いている。市内から空港へ向かう道なのだから、メインストリートのはずなのだが。そう言えば、旧東ドイツの都市もこんなデコボコ舗装が多かった。旧社会主義の痕跡なのかも知れない。市電が並行して走っているのだが、線路が時々枝分かれして、道路脇の門の中に消えている。これが不思議。市電に貨物列車があったのだろうか。
二時過ぎにブダペスト空港に着く。到着の前、ターミナルビルディングの横に「エアパーク」と書かれた、昔の飛行機が展示されている広場が見えた。僕は「飛行機オタク」である。そんな場所には是非行ってみたい。搭乗までにまだ三十分ほど時間があったので、その「エアパーク」を訪れた。荷物を引っ張りながら入っていくと、受付のおばさんが、
「荷物は預かるよ。」
と言ってくれた。これは有難い。
展示されている飛行機は十数機、殆どが、かつて「マレブ・ハンガリー航空」で使われた機材で、百人以上乗れる大きな旅客機もある。しかし、「飛行機オタク」の僕をしても、機種を言い当てられない、初めて見る飛行機ばかりだった。
「これは手強いぞ。」
僕はつぶやく。どうしてか、それは、全て旧ソ連で作られたものだったからだ。ボーイングやエアバスなら、一見しただけで機種を当てることができる。しかし、ここにあるのは「イリューシン」、「ツポレフ」、「アントノフ」などという、ソ連で作られた機材。現在はロシアの「アエロ・フロート」でさえも、ボーイングやエアバスなどの西側の飛行機を使っている。旧ソ連製の飛行機を見ることができるのは、ここと北朝鮮くらいかも知れない。外から見ると西側の飛行機と変わらない、しかし中に入ってみると、操縦席の計器や、座席などが、実にチャチである。
気が付くと、出発の四十五分前。慌ててターミナルビルに戻る。エアパークには二十分ほどしか居なかったが、これまで知らなかった世界を見ることができて、ちょっと得をした気分。飛行機の中で、
「今回の出張は、本当にラッキーだった。」
と思った。仕事の他に、色々見られたから。でも、いつもこうとは限らない。
飛行機の窓から見たドナウ河。二千八百キロの長さがある。
「ドナウ河の漣」をお楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=ermFrBxaMbo
<了>