ビリーに会った
空想の中で十年後の自分と踊るビリー、この後、スタンディングオベーションが起こった。
バレーというのは、どちらからと言うと、僕の趣味ではない。しかし、これまで何度も見た。アマチュアのものから、ロンドンのロイヤル・バレー、ロシアから来た有名なバレー団の公演も見た。これらは、バレーが大好きで、バレーの指導員の免許を持つ、末娘のお供というパターン。末娘には悪いが、台詞がなく、跳んだり跳ねたりしているだけの舞台を見ているのはちょっと退屈。また女性のバレリーナはきれいだが、男性のバレーダンサーの股間のこんもり膨がらんだ白タイツというのも、何となくグロテスク。バレーは、ラグビーと似ている。「ルール」あるいは「お約束事」を知っている人には面白いが、それらを理解していない人には「どこが面白いの?」という世界だと思う。
ビリー・エリオットは、「バレー」をテーマにしたミュージカルである。それも「男性の」。本来なら、僕自身、二重の意味で触手を伸ばさない領域なのだが、例によって、末娘が絡むことになる。昨年のクリスマスプレゼントに、僕と妻は末娘から切符を、正確に言うと、切符を買う金をもらったのであった。
三月十二日土曜日の夕方、妻と僕、真ん中の娘のミドリは、地下鉄で「ビリー・エリオット」が上演されている、ロンドン・ビクトリアの「ビクトリア・パレス劇場」に向かった。ちなみに、ミドリも妹とは違い、バレーには関心のない人である。クリスマスプレゼントにもらったものを、三月になってから実行するなんて、随分時間がかかっている。今年に入ってから、僕は長期出張があり、妻もミドリも仕事が忙しく、なかなか日取りが決まらなかったのだ。そのうち、このミュージカルが、劇場改装のため、四月九日で終わってしまうことが分かった。それで、慌ててその日、皆の時間を合わせて、切符を買ったのであった。
公演は夜の七時半から十時半まで。結論から言って、ミュージカルは楽しめた。見てよかった。前半は少し退屈だと感じたが、後半は盛り上がった。主人公、ビリー少年のダンスは、素人が見ても素晴らしかった。劇が終わって、カーテンコールの際のスタンディングオベーションというのはこれまで何回も見た。しかし、幕の途中でのスタンディングオベーションというのは初めて経験した。ビリーのダンスは、それほど観客の胸を打つものがあった。ビリー役の子役は、バレーだけでなく、タップ、歌、演技のどれをとっても見事だった。
つまり、このミュージカルは、主人公の少年の、卓越したダンスと演技で魅せる。そのためには、優秀な子役が必要となる。私の娘がかつて子役で「王様と私」というミュージカルの舞台に出ていたときに知ったのだが、子役は常に、ひとつの役に最低三人用意されていた。児童の就労時間の制限から、三、四人で順番に回さなければならないということらしい。プログラムを見ると、ブロディー・ドヌーガー君、ユアン・ガレット君、トーマス・ハゼルビー君、ナット・スウィーニー君の四人がビリー訳として載っている。私が見た夜は、トーマス君が演じていた。さてこのミュージカルは十一年間演じ続けられている。つまり、その間、ずっと四人のビリー役が確保されていたわけだ。プログラムには、過去にビリーを演じた子役の、顔写真と名前が掲載されている。その数は実に四十二人に上る。
地下鉄の駅にある大きなポスター。五十肩の僕にはこのポーズが辛い。