フィヨルド観光その二、船旅

フィヨルドの奥にあるフロムの町。海から百キロ以上フィヨルドを遡って来たクルーズ船が停泊している。

 

フロム鉄道の列車は、二十キロを一時間かけて走り、標高三メートルのフロムに着いた。車窓から見えるフィヨルドの絶壁からは無数の滝が流れ落ちている。遠くから見ると高さが分からないが、一番高い滝は、二百メートルの高さから、水が垂直に落ちているとのことであった。ちなみに日本の華厳の滝の高さが九十七メートル、那智の滝の高さが百三十三メートルであるから、そのほぼ二倍の高さになる。

総延長二百キロに渡るソグネフィヨルドの奥にあるフロムは、はっきり言って、駅と船着場以外はほとんど何もない場所だった。「マルコ・ポーロ」という名前の、中型のクルーズ船が港に停泊している。ベンチで隣に座った、その船の乗客であるご夫婦によると、四日前に英国のニューカッスルを出航し、フィヨルドを観光しつつ、今朝ここに着いたらしい。そのご夫婦はダーラムにお住いで、ダーラム大学出身の娘と、

「あの店のフィッシュ・アンド・チップスは美味い。」

などという地元ネタで盛り上がっている。

ここから船でのフィヨルド観光だが、船の時間まで一時間近くあるので街の背後にある丘に登り、そこで弁当を食べる。昨日もそうだったが、フィヨルドを見下ろす景色の良い場所で食べる飯は格別美味い。僕たちの乗るグドヴァンゲン行きの船が到着する。僕たちは列を作って乗船を待っていたのだが、例の中国人の団体が、横から列に着こうとして、他の乗客からヒンシュクの眼差しを浴びている。

「もう、中国人は、うるさいし、唾は吐くし、列は乱すし・・・」

一緒に並んでいる日本人は露骨に文句を言っている。まあ、三十年前、日本人がまだ旅慣れていないころは、日本人の団体旅行客がその立場だったのだから、大目に見てあげましょう。船に乗り込んで、一番上の屋根のないデッキの椅子に座る。乗客の半分は、中国人、日本人の団体さん。ノルウェーのフィヨルドがいかに観光客の人気を集めているのかを再認識する。

船がゆっくりと岸壁を離れる。両岸は絶壁である。どれくらいの高さがあるのか、想像するのが難しい。他の船とすれ違ったりするとき、岸に家が建っているとき、船や家と比べて崖の高さが推し量れる。おそらく、三百メートルから五百メートルの高さではなかろうか。崖の上にはまだ雪が残っている。その雪融け水が、崖を糸のように流れ落ち、無数の滝を形作っている。

「この滝を見るだけでも来た甲斐があるね。」

「もし『滝のフリーク』という人がいたら、感激するだろうね。」

と妻に言い合う。華厳の滝の三重連、四重連という規模の滝が次々現れるのは、まさに圧巻であった。

船に付き添うように、何匹かのカモメが飛んでいる。時々、観光客の投げたパンを、ダイレクトキャッチしている。船のエンジンの音しか聞こえない。船は、ソグネフィヨルドから枝分れした、「世界で一番狭い」ネーロイ・フィヨルドに入る。両側の絶壁が一段と近づき、何百、何千の滝が流れ落ちているのが見える。山の上の雪はまだ厚く、フィヨルドの奥に行くにしたがい、気温が下がる。寒さのために船室に避難する人が多くなり、デッキは空いてくる。二時間余りのフィヨルド観光を終えて、船は湾の一番奥にあるグドヴァンゲン港に着いた。

 

白い糸を引くように何本もの滝が流れ落ちている。フィヨルドを吹き抜ける風は結構冷たい。

 

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