遅れの概念
ベルギー国鉄のインターシティ。狭い国なのでどこでも二時間以内で行ける。
土曜日の朝、六時に起きる。一時間時差のある英国ではまだ五時。僕は週末でも同じ時間に目が覚めて、同じ時間に起きてしまう。それ以上眠れないのだ。週末だからと言って、遅くまで眠れる人が羨ましい。ともかく、アパルトマンの部屋で目覚め、いつものように、腹筋背筋強化運動と腕立て伏せをする。そして、シャワーを浴びる。
七時ごろに部屋のドアを開けると、外にプラスチックのケースに入ったパンが置いてあった。管理人のアルツールは毎日七時にその日ベーカリーで買ってきたパンを届けてくれる。薄く切ったブラウンブレッドが四枚、その他にケシの実と木の実が混ざったロールパンが二個入っていた。冷蔵庫には、チーズ、ハム、鯖の缶詰、卵、牛乳、ヨーグルト、ジャム、ハチミツ、バター、ミネラルウォーターなどが入っている。台所の戸棚には、茶、コーヒー豆、シリアル、コーンフレーク、コーヒーを沸かすパーコレーターなどが置いてある。これらを組み合わせて朝食を作るわけだ。
「冷蔵庫の中のもの、食べた分だけお金を払うの?」
と最初に泊まったとき、僕は管理人のアルツールに聞いた。誰でもホテルの「ミニバー」のシステムだと思うよね。
「いや、全部料金に含まれているから、きみの食べたいだけ食べていいよ。」
と彼は言う。何と有難いお言葉。
「でも、こんな沢山食べられないや。」
と僕が言うと、
「じゃあ、弁当を作って昼飯に食べればいいじゃん。」
と彼は言う。何てジェネラス、寛容なんでしょう。ホテルのバイキング形式の朝食だと、サンドイッチなんかを作って持ち出すことを禁止しているところもあるのに。このアパートに泊まっていて良いことは、朝だけでなく、昼ごはんも付いているようなものだという点。
今日はゲントに行く予定。ミディ駅発八時五十一分のインターシティがあるので、それに乗るために八時半にアパートを出る。辺りはまだ薄暗い。秋のベルギーの夜明けは遅い。というのも、まだ夏時間である上に、中部ヨーロッパ時間を使っているEUの国の中でも、一番西に位置するからだ。空を見上げる。今日は天気が良さそうである。
「八時五十一分発」の列車がミディ駅の十一番ホームに滑り込んできたのは、八時五十三分頃だった。このくらいだと「遅れ」とも表示されない。これで「定時」なのだ。一般的に、ヨーロッパ大陸の列車は時間に正確だと言われる。しかし、日本のように「秒単位」で正確というわけではない。日本だと、千キロ以上の距離を走る新幹線でも、到着時刻の一分前には姿を現し、駅の時計が発車時刻を秒単位で表示したときに出発する。あれはすごいことだと思う。ヨーロッパの時刻表の到着時刻、発車時刻は、
「大体この時間を目途にして動きますよ。」
という意味だと理解しておいた方がいい。
ゲントの街はあちこち工事中だった。