じゃあ二週間後に

 

大きなリュック、名札が可愛い。

 

 観光から四時前に戻り、また、ワタルと一緒にエンゾーを幼稚園に迎えに行く。

「孫のお迎えちゅうのは、祖父ちゃん祖母ちゃんにとっては、至福の時間やね。」

妻と話す。

しかし、その日は、ゆっくりしておれなかった。夕方、仕事を終えた後ハンさん夫婦が来られることになっており、ゾーイも仕事から戻るので、またまた九人分の夕食を、妻と僕とが作らねばならない。シャシャも手伝ってくれることになり、一人二品ずつ、計六品を作ることになった。エンゾーの相手はスミレに任せ、僕たち三人は台所で料理を始める。広くない台所で、残りの二人の動きを見ながら、自分が今出来ること考えるのは、結構難しい。しかし、三人は抜群のチームワークを見せ、ハンさん夫婦が到着する頃には、酢豚、中華風サラダ、麻婆茄子、法蓮草と挽肉の炒め物、インゲンの和え物、その他の料理が出来上がった。シャシャはワタルの家で働く前、中国人の家庭で働いていたとのこと。中国風の味付けも手慣れたものである。六時ごろ、

「早めに一杯いく?」

と妻に尋ねる。

「いいわよ。」

僕たちは冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、料理を作りながら飲み始めた。

「うめぇ〜!」

キッチンドリンカー。

午後七時、シャシャを除く八人で食事を始める。いくら使用人、お手伝いさんと言っても、一緒に料理を作ったんだから、シャシャも一緒のテーブルで食べたいと思うこともある。しかし、そこはシンガポールの社会に厳然としたルール、それは考えられないようだ。彼女はワタルを「サー(ご主人様)」、ゾーイを「マダム(奥様)」と呼ぶ。そんな世界がまだあったとは、ちょっと信じられない。シャシャは来年「年季が明けたら」、十数年ぶりにフィリピンに戻り、娘と一緒に暮らすという。嬉しそうに話していた。

夕食後、妻はエンゾーに日本語の本を読んでやっている。僕は、ソファでウトウトしていた。ハンさん夫婦が帰り際、僕にお土産をくれた。日本酒の「獺祭(だっさい)」だった。

僕と妻は翌朝、ホテルのチェックアウトを済ませ、昼過ぎ、タクシーでワタルのコンドを出る。シャシャが下まで送ってくれる。スミレは一日後のフライトで、ロンドンにもどることになっている。別れ際、ワタルに、

「じゃ、また二週間後に。」

と言う。彼は、二週間後、出張でロンドンに来ることになっていた。これまで、息子と別れる時、次は何時会えるかといつも思った。二週間後に会えると分かっていて別れるのは、何だか変な気分だった。 

 

九人分の料理ができた。さあ、食べようぜ。

 

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